「〇〇を手に入れた!!」 の続き。
阿佐ヶ谷に行った時のことは2つに分けて書いた。
とても長くなってしまいそうだし、
阿佐ヶ谷駅を降りた時、
右に行こうか左に行こうか迷ったから。
結果的に私は先に左に行くことを選んだ。
それが上記リンク、阿佐ヶ谷神明宮でのお話。
阿佐ヶ谷に行きたいと思っていた理由。
今回はその後、反対側に向かった話。
お参りの後、以前に住んでいた家の方向へ向かった時の事。
阿佐ヶ谷駅を降りたら、パール商店街がある。
屋根付きの商店街だから雨にも濡れずに済む。
地下鉄丸の内線の南阿佐ケ谷駅方向に伸びている。
当時の家はその商店街沿いにあった。
南阿佐ヶ谷寄りだったので、阿佐ヶ谷駅から7分くらい歩く。
ゆるい上り坂をゆっくりお店を見ながら歩いて行く。
新しいおしゃれなお店も増えていた。
「ここ、なんだったっけ?」ちっとも思い出せない。
とはいえ「まだあるんだ」以前と変わらないお店の方が多かった。
さすが阿佐ヶ谷だなぁ。
気になったのは、住んでいた家の近くに、
カウンター席のみの沖縄そばのお店が出来ていたこと。
帰りに食べて帰ろうと思った。
気が付いたらあっという間に、
住んでいた家の場所まで来ていた。
今回、電車を降りて改札を通った時に、
家探しをしている時の事を思い出した。
候補地は色々あって様々な物件を見に行った記憶。
中野、高円寺、荻窪、高田馬場・・・etc。
ここ、阿佐ヶ谷の改札をくぐった時に、
「私、ここに住むんだ」そう思った。
実際、その通りになった。
「ここだ!」と思えるいいところを見付けた。
入居申し込みしようと思ったら、
先に他の方に申し込みをされてしまった。
すごく落ち込んでいたら、
不動産屋さんから電話が鳴った。
元々募集していた3階のお部屋は決まってしまったが、
お時間をいただくことになってしまうけれど、
オフィスとして使われていた4階の空き部屋を、
もしご希望なら居住出来るようリフォームします。
という大家さんからの提案だった。
即 決!
「待ちます!」とお返事してからは、
まるでマイホームを決めるかのように、
不動産屋さんから設計図が送られて来て、
床の色の希望や、ここに扉はいらない、
キッチン側の幅をもう少し広く・・etc
私の個人的な様々な要望を、
リフォームに取り入れてくれた。
予定より工事が長引いてしまい、
引越しのタイミングも2ヶ月以上遅れてしまったが、
リフォーム仕立ての部屋に住めるのは気持ちが良かった。
2020年の退去時の部屋の写真があった。
ビルの4階。
玄関の下駄箱は上下に2段。
靴が多いのですごく助かった。
お向かいにお兄さんが住んでいたが、
私が入居して半年ほどで出て行かれた。
それからはずっと空き部屋だった。
収納も広くて最高だった。
窓の外には商店街のアーケードの屋根。
日当たりがめちゃくちゃ良すぎて夏は本当に暑かった。
今見ても良い部屋だったと思う。
部屋の形も四角では無いし、
少し使いにくい部分もあったけれど、
個性的だったし何より空気が良かった。
家賃は隣に住む大家さんのお家へ直接持っていくシステム。
顔を見たいという大家さんの素敵な意思だった。
「これどうぞ」と冷麦をくれたりした。
何気ない立ち話もすごく楽しかった。
沖縄帰省時には必ずお土産を持って行った。
退去する際のこと。
不動産会社に連絡し○月○日に退去、
立会いという予定まで決まっていたが、
個人的な色々な事情があって、
退去時の予定が伸びてしまった。
それも、いつになるかわからない。
そんな状況で不動産屋さんに相談したところ、
「それは無理です、困ります」と言われたが、
大家さんに事情を含め報告したところ、
「大家さんからOKでました」と。
「国吉さんが居たいだけ居たらいい」
そんな優しいお返事をいただけて、
心の温かさに触れることが出来て、
それは本当にありがたかった。
大家さんご夫妻が心の支えになっていた。
私にとって大切な恩人。
だから、いよいよ退去の時には本当に寂しかった。
お手紙とお菓子をお渡しした。
その後、お中元を送ったり、2年後には会いに行った。
そうだ。また会いに行こう。
自由に行き来出来る屋上がまた最高だった。
遠くに新宿の高層ビル群が見える。
月が綺麗な日には急いで階段を駆け上った。
朝方も夕焼け空も最高だった。
眠れない夜には寄り添ってくれた。
どれくらいの時間、ここで過ごしたのだろう。
あの空にまた会いたい。
ここに住んでいる間、気持ちの振り幅がすごかった。
おそらく私はこの家で、
一生分の涙を流しただろうと思う。
それをずっと付き合ってくれた人が居た。
ただただ私の泣き声を聞かされて、
でもその人は普通の楽しい話をしてくれて、
その内お互いに寝落ちしていた。
いい迷惑だったと思う。
でも何も言わずただただおしゃべりしてくれた。
こんなことがあった、あんなことがあった。
気が付いたら私はいつも笑っていた。
私にとって大切な恩人。
帰りは商店街を通らず中杉通りで駅まで戻ったため、
沖縄そばを食べ忘れてしまった。
ドラッグストアで買い物もしようと思ったんだけどな。
うっかり。
忘れられない想いがある。
忘れちゃいけない想いがある。
嬉しいこともたくさんあった。
悲しいこともたくさんあった。
だから阿佐ヶ谷が好きだ。
やっぱりまた、ここに住みたいなって思った。
阿佐ヶ谷はおじいちゃんおばあちゃんがたくさん居る。
仲良さそうに一緒に歩いてる姿を見て思う。
私は今まで誰かと手を繋いで歩いたり、
腕を組んで歩いたりした記憶が無い。
そうだ。
手を取り合って支え合えるような、
仲良しのおじいちゃんおばあちゃんを目標にしよう。
そしてそして。
大家さんご夫妻みたいな広い心で、
いつか私も誰かの心の支えになれますように。





