2月12日に私が歌った理由(動画あり)

先日、と言っても1ヶ月以上も前のこと。

本当はもっと早くアップする予定だったが、
事情があり伸び伸びになってしまった。
その事情はまた別の機会に書こうかな・・という心境。
そう、それは今の心境であって、
時が流れたら「やっぱいいや」と書かないかもしれない。

専門学校で生徒さんのライブに混じって歌を歌った。
つまりライブ。
歌わせていただいたという方が正しい。

あえて書くことでも無いかもしれないが、
簡単な説明をさせてもらうと、
私は今、専門学校で講師をしている。
それは、2年前からのこと。
ここは母校であり卒業後に助手として、
職員室の中で1年間働いてた場所でもあり、
私にとっては上京したての思い出が詰まった場所。
上京してからの3年間はここで過ごした。

そこで講師をするようになった経緯は、
自分からお願いしたから。
「何かないですか、掃除で(が)いい」
そうお話したら音楽総合学科の先生に繋いで下さった。
その先生も彼が在学中(何年前だろ)、
私の後輩である頃から知っていたので話が早かった。


私が受け持つ授業の中に【ライブ制作】という授業がある。
学生がライブをするための授業。
1年生の前期はカバー曲を中心に、後期からはオリジナル曲。
バンドスタイルや弾き方で約1ヶ月の練習期間があって本番。
というものを繰り返し行う。

昨年、一昨年の7月には、
「学生にライブを見せたい」という依頼があり、
西川氏も一緒にライブさせていただいた。
一昨年のライブは約4年ぶりのステージとなった。

この授業の、学生ライブには、
ちょくちょく色々な講師の先生方のライブの機会があった。
昨年度は記憶にあるだけでも私以外にも4ステージほどあったはず。
今年度は7月、私が西川氏と出た際に1組、
卒業生と講師の先生を含めたライブだけの記憶。

今年度は少ないなぁ、今年はもう誰もやらないのかなぁ。。
そう思い今回私は「やりたい」と自分から言った。
そして卒業生でもある学科の担当の先生に、
「一緒にやります?」と声をかけたら
「是非!」と言ってくれた。

ありがたい。
ありがとう木村真己(まなみ)くん。

学生にとっては今年度の最後、節目のライブ。
2年生にとっては授業としてのライブは最後の機会だ。

彼ら2年生の入学と共に私の講師生活は始まった。
おそらく同じ時期に似たような不安を抱えながら、
私も改めて学び直すという感覚だった。

そんな彼らが卒業する機会に、
自身が個人的な理由により歌える機会が少ないことに関して、
ものすごく深く考えることになった。

「歌える場所があるのは幸せなことだ」

そこに行き着くまでには、
ああでもない、こうでもないと
くねくね行ったり来たりする情けない自分が居る。

それはね、やっぱり色々あるよ。

全然歌ってないし練習もしていない。
今回は急だし西川氏と挑む時間も余裕も無い。
今の私がひとりで何が出来る?
もっと練習してから・・
もっと自信をつけてから・・
やらない理由を探していてもキリがない。
いくつでも見つけられる。

今までそれなりに信念を持って音楽活動して来て、
それなりの歴史がありプライドもある。
それって今、必要?

違う、そんなことは本当にちっぽけだ。
もっとシンプルでいい。
練習不足?ちょっと鼻声?風邪気味?
それも今の自分、認めろ。
年間100本やってた過去の自分を求めるな。

満足いかない結果なら、
もっと上を目指して練習すればいいだけ。
どうせどれだけやっても今まで同様に、
納得なんてしないんだから。

「もっともっと」
そう思うことはどうせ決まっている。

 

当日、真己くんとの音合わせ1時間で挑む。
不安?・・いやいや楽しめ。

歌える、歌わせてくれる場所があるのは幸せだ。

歌いたいと思える気持ちも幸せだ。

歌いたいなら歌え。

ただそれだけ。

今の私。今の私の歌を。

 

そしてそして、大事なこと。
「やっぱり歌わなきゃ」
そう思わせてくれる人が居た。
腰が重くなかなか動かない
石みたいな私を動かしてくれた人。

私はとても恵まれていて、
本当に幸せ者だと思う。

ありがとうの気持ちは一生もの。

たからもの。

 

【セットリスト】
1 東京
2 ぼくへの手紙
3 瞬きプロセス

 

動画が一部の方でエラーの表示になっているようです。
その場合、お手数おかけしますがYouTubeにてご覧ください。

 

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